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思いやりの心
ども!来週から6月2日(土)まで神戸大阪に戻ります!

そしてその後1週間ほど東京に行きます!

まずは母校でキャリアデザインできてないばからつ氏から学ぶ
こんな奴になってはいけないキャリアデザインIN甲南大学。

もう大学側もどえらいOBを輩出してもうたと大慌てですわきっと。

あ大阪では、キャリアぷらっとフォームとか大阪中小企業展とか
チェンジメーカー留学INベトナム説明会にも出没するので
ぜひどこかでお会いしましょう〜。

ぜひぜひ面白半分、ひやかし半分で来てみてください〜。

東京にいる皆様もいろいろとお声がけください〜。


さてそんなこんなでどたばたしておりますが、
先日弊社ベトナム人の皆様から「これ、ご家族にお渡しください。」
とお土産を頂きました。


 


こういう場面には今まで何度も遭遇しているのですが、
その度に思うのが「この気遣いは一体なんなのだろう?」
といつも不思議に思います。

いや不思議なのは彼らではなく、多分僕自身であって
「なぜ僕はこういった気遣いができないのだろう?」と思うのです。

きっとこれが「思いやり」ってものなのかな。

以前ベトナム人のザ・テキトーな接客について書いたことがありますが、
今回のように僕の家族のことまで考えてお土産を買ってきてくれる
ホスピタリティ精神も同時に兼ね備えるベトナム人。

「こいつはまじでうんこ野郎だ。」と思う瞬間もあれば、
「自分まじ器小さくてすみませんでした。」と思ってしまうほど
優しさを発揮する瞬間もある。

この国は感情を揺るがす触れ幅が大きいなぁとよく思います。

昔、「ハノイの純情、サイゴンの夢」という小説を読んだ時に
とても印象に残っている部分があって、
著者がハノイからホーチミンに向かう日に
アルバイトのベトナム人学生は自分のガイドの至らなさと
ベトナムの貧しさに泣いて謝り「ベトナムのことを嫌いにならないでください。」
と言い、ホテルの受付は
「もう行っちゃうの。寂しいわね。今度はいつ来るの?」
と質問してくる。

たった数日間過ごしただけの外国人にどうしてここまで感情移入が
できるのだろうと日本人の著者は困惑しながらも、
同時に「この国でならどうにかやっていけるかもしれない。」と感じた。
というような文があったと思う。

この短期間での感情移入という表現は僕自身もベトナム人と接する中で
感じることがあって、なんでちょっと会っただけの人に
こんなことができるんだろうと感心することが多々ある。

しかしこれはベトナムのサービス力が高いと言っているわけではなく、
平均値で考えれば日本のほうがもちろんのことながらサービス力は高い。

でもそれだけでは図れない心動かすものがある。

それが今回のような、僕だけじゃなくて家族のことまで考えて
何か与えようという行為につながってくる。

書いてて思ったけど、
ベトナムには感情を通わすというプロセスが何事にも必要なんだと思う。

日本なら多くの場合、どんな人が来ても
機械的にマニュアルにそって決まったサービスを提供する。

ただ、ベトナムはその人によってサービスを変化させる。

感情を通わせることによって、お客様や他人という「外」から、
仲のよい存在である「内」に変化させるのかもしれない。

その外から内への距離間の縮め具合がとても早く、とても近い。

僕たちは便利さと豊かさに溢れた社会の中で心を通わすということを
どっかに置き忘れたのかもしれない。

だから今回のような彼らにとっては当たり前の行動1つに触れただけでも、
僕にとっては忘れがちな人とつながる温かさと自ら与えようとする
姿勢の大切さをじわっと思い出させてくれるのです。






| 真剣に気づき・考えを書く | 01:37 | comments(0) | trackbacks(0) | -
本当のところ
ここ最近facebookやtwitterを通じて高校時代の友人や
大学時代の友人などと再会することが多い。

特にfacebookはなんで俺のことがこんなにわかるんだと
不思議になるぐらい「あなたは〜さんと知り合いではないですか?」
と友達になるのを促進してくる。


前にfacebookがあなたの人生をぶち壊すという記事を読んだが、
まあなるほど僕も昔好きだった子や付き合っていた子の名前を入力して検索し、
名前が出てくるかこないかにはハラハラさせられたもんだけど
こうやってfacebookがつなげたくれたご縁には感謝をしている。


僕は大学卒業までずっと兵庫県にいたし、
仕事を始めてからは東京、その後ベトナムとなったから
関西にいた頃の友人というかほとんどの人には
なぜ僕がここに至ったのかという経緯はほとんど説明できていない。


でも説明する機会が全くなかったわけではない。


言ってもわかってもらえないだろうなとか勝手に諦めてみたり、
自分でもどう言葉にまとめたらいいのかわからなかったり
自分の思っていることを正直に言えない空気を勝手に感じて
何も言えなかった時もあったし、
情けなさや恥ずかしさを含んだような怖さもあった。

つまりは自分が行く道に、自分が信じているものに
自信がなかったということなのだろう。

あの当時今からやろうとしていることがよいかどうかなんて
自分もわからないし、わかるはずもない。

でもなぜベトナムに行くのか?
そんな問いは何度も受けてきた。

生き方働き方の選択肢を増やすため。
それを自分自身で実践するため。
武者修行のため。

今もそれは純粋にそう思っている。


でも僕が本当に本当の、心から、腹の底から思っていることは
そんなことじゃないんだと思う。


100人中100人から見て間違っている道だとしても、
実際に間違っていたとしても、そこからまた立ち上がり
せめて自分だけでも自分が選んだ道は正しかった、間違ってはいなかったと
自分で自分を認めるための何かを掴みたかったのだと思う。

本当は、ただそれだけなんじゃないかと思う。


だから言っていることは論理ではなかったかもしれないと今振り返ると思う。


そんな中、再びウェブを通じて再会できた友人から、
メールが届く、ブログ読んでる、誕生日おめでとう、ツイートをRTしてくれる。
そんな他愛のないことで結構僕は救われている。


みんなはどうしているんだろうか。

結婚した人、転職した人、太った人、
老けた人、かっこよくなった人、外国へ行った人
人生楽しんでる奴もいれば、行き詰っている奴もいるかもしれない。

きっとみんなそれぞれに変化があるのだろう。

ただ、愚痴りながらも毎日部活へ行ったり、学校での下ネタ話、
飲み会後のボーリング、ファミレス、駅前、海などでグダグダと話し続けたり
畑作業しに行ったりした日々の僕たちは変わらないままだと思う。

そんなことをここに書いておけば
きっと昔と変わらないトーンでみんなとまた話ができるんじゃないだろうか。

そしてあの頃は話せなかったいろんなことを
話せる日がくるんじゃないだろうか。

変わったこともある。でも変わらないものもある。









じゃーまた会う日まで。










| 真剣に気づき・考えを書く | 15:23 | comments(6) | trackbacks(0) | -
日本の中に外国をつくる
ちょっと前に日本への留学フェアINダナン!
がありました。

僕の職場の近くで実施されており、
たまたまコーヒーのパシリに駆り出されていた最中に発見。

パシリもいいことあるなおい。

日本語学校だけではなく、大学も専門学校も来ていました。

現在日本への外国人留学生の在籍数は中国、韓国、台湾と並び
そして4位にベトナムで約3500人が現在日本にいるそうだ。




そして今日はトヨタが内定者向けに短期海外留学プログラムを提供
というニュースを発見。

外国人を日本へ。日本人を海外へ。

僕がベトナムにいるからなのかどうかはわからないけど
日本はどうやら海外って言葉が流行りのようだ。

ただ、どちらかといえば日本人を海外へ!
みたいな話のほうがよく聞くような気がするし、
熱がこもっているようにも思う。

しかし現実的には外国人を日本へ!
の方がうまくいっている。と言っていいのかどうかわからないけど
調べた限りでは、
2010年外国人留学生日本への受け入れ結果141,774人。過去最高。

日本人の海外留学生数は2004年の82,945人をピークに
減少し2008年には66,833人。

また、国が支援する予算についても
外国人を日本へ呼ぶことに力を入れていることが伺える。

もしかしたら個々人がミクロに考えていることと
国がマクロに考えているにことにはずれがあるのかもしれないなぁ。





さっきリンクを貼った記事の中に、

--------------------------------
「留学に行きたいと思うか、もしくは過去に思ったか」には、
留学未経験者の86%がイエス、留学に興味のある人は92%にも上り、
ほぼ全員である。
--------------------------------

という驚きの内容がある。

一体どんな奴にアンケートとったんやと聞きたいところだが、
かくいう僕は学生時代、上記でいう8%に入る留学には
全く興味がない学生だった。

今思い返せば、周りの友人数名は留学に行っていたし、
休学してワーキングホリデーをしている奴もいた。

それを聞いても「へー。すげーな。」
ぐらいしかコメントできなかった。

なんつーか、それぐらいモーレツに興味がなかった。
留学に。海外に。外国人に。


そんな僕が今ベトナムにいて、留学についてのブログを書く。

本当に偶然だが、約2年前にそんな
留学(生)、海外、外国人と隣り合わせの環境に身を置くことになった。

「へー。すげーな。」の自分があったからこそ、
身にしみること、自分愚か者でしたと思うこと、
そしてやっぱ外国は行っとくべきだなぁと強く思える。

ただ、行ったほうがいいよと言ったところで
8%に入る僕は行かないのだ。


そんな僕の実体験から思うことは日本人を
より多く海外に出したいなら、まず日本国内で留学(生)、海外、外国人などに
触れる環境をどれだけ多くつくれるかだと思う。


日本にいながらにして世界とつながる。世界が面白いと感じる心を育む。
そんなことが大切だと僕は思っている。

あの頃の僕は「英語」、「海外」、「留学生」などの言葉が出ると
すぐさま逃げていたから、それらから逃げられない環境や
それらがあるのが当たり前の環境をつくらないといけないと思う。

だから何でもいいからまず海外に行けというのは
確かにそうなんだけど、前に自分がラオスからタイの国境を
軽く越えた時のようにもっと自然体な状態をつくれればいいなぁと思っている。


きっとこれはすげー時間の長い話なんだと思うけど、
・APUのような学生の半分以上が外国人の大学、
・街を上げて外国人観光客を増やす取り組み
・夜間での日本語教室や地域にいる外国人との交流
などそういったつながりが当たり前であり、面白いものであるように
今そこで住んでいる環境から変えていくことができればいいと思う。

そういった土台がある中で生きている人は
自然とどこへでも行けてしまう感性を持てる。と思うなぁ。


そういえば僕がベトナムで会う日本人の出身大学で
目立って多いのが、早稲田とAPUという事実がある。

そして彼らは普通に企業駐在員ではなく、普通の海外旅行でもなく、
一風変わった働き方、旅行スタイルで生きていることが比較的
多く見られることもあってよく印象に残っている。

さらに調べると面白いのがその2つの大学は
外国人留学生受け入れ数1位と2位の大学であり、
かつ外国人留学生が人口に占める割合県別トップに
早稲田がある東京都、2位はAPUがある大分県になる。

確証は全くないけれど、異国異文化が当たり前に存在している
環境の中で生活している人なら、気軽に外国へ出て行けるという
論を立てるための事例にはなり得る話だと思う。


外国人を日本へ。日本人を海外へ。

これらはお互いがお互いのことを考えることで
より活性化されるのだと思う。



| 真剣に気づき・考えを書く | 23:55 | comments(2) | trackbacks(0) | -
比べて生きること
比べて生きるということについていろいろ思うことがあって
書いてたんですが、急遽文章が消えちゃった
このハンパねぇ喪失感の中、再度書くのは精神的に大変困難なため、
超短縮して書きますと
下記に引用しているメールマガジン&ヤフー知恵袋
読んでくださいなって感じです。

そして結論、僕は比べて得られる豊かさ幸せの中で生きており、
でもいつか脱出を試みるために仏教でも学びたいなぁ
と思った今日この頃です。

おすすめの宗教あれば教えてくださいまし。

とか言っちゃったらいろんなお誘いきそうだな。

よし、5分で書き終わりました。


------------------------
「安田佳生メールマガジン」

貧富の差


貧富の差があってほしい人、無くなって欲しい人、
実際どちらの方が多いのだろうか。
人はみんな支えあって生きている、協業して生きている。
一人では出来ないことを組織の力で成し遂げ、
一人では手に入れられないものを
役割分担によって手に入れている。
みんな持ちつ持たれつなのだ。

一人で生きているのに比べたら、
誰しもが豊かで恵まれた生活を手に入れているはずだ。
社会を作り、協業し、役割分担することによって。
もしも無人島に一人流れ着いたとしたら、
小さな藁葺きの家を建て、木の葉や動物の皮で衣装を作り、
小さな畑を手に入れるだけで人生が終わってしまう。
いや、そんな豊かな生活を手に入れることなど
ほとんど不可能で、実際には生きていくのが精一杯だろう。
それに比べたら、私たち人間はとても豊かな生活を営んでいる。
日本人は特にそうだろう。
世界でも有数の恵まれた生活を手に入れた国民。
それが私たちだ。

だが実際には、私たちにそれほどの満足感はない。
それは、自分以上に恵まれた人たちが目に入ってしまうからだ。
無人島に流れ着いた自分と比べて、
ああなんて自分は恵まれているのだろうと
満足するフリーターがいるだろうか。
自分の周りが自分よりも豊かな人たちで満たされていたら、
到底豊かさなど感じることは出来ない。
それが人間という生き物なのだ。


 震災で苦しむ人たちを見ると、
少々苦しくても自分たちは恵まれているんだと納得する。
テレビに大金持ちが登場すると、
自分だけ損な役割を引き受けているような気分になる。
つまり、豊かさや貧しさは誰と比べるかによって変わる。
私たちは他人と比べずにはいられない生き物なのだ。

「他人と比べてもしょうがないよ」
などと諭されようとも、本能だから変えようがない。
比べずにはいられない。
その場合、私たちは貧富の差があること
(つまり誰かと比較して喜んだり落ち込んだりすること)
を求めるのだろうか。それとも
貧富の差がないこと(比較しようがないこと)

を求めるのだろうか。

現実はともかくとして、そのような貧富の差を無くそうというのが
共産主義的発想だと思う。
比較する対象がなければみんな幸せでいれるじゃないか。
だから私有財産など持たず、平等に豊かな生活を手に入れよう。
その思想はある意味正しいと思う。だが機能しなかった。
「頑張っても頑張らなくても結果が同じなら、頑張らなくていい」
という結論に行き着いてしまうからだ。
もちろん、実際には同じではない。
頑張れば皆でより豊かな暮らしが出来るのだし、
頑張らなければ皆貧乏になる。だがそれでも頑張らなかった。
みんなで豊かになることに魅力がなかったからだ。


 本当のことを言うと、人はみんなで豊かになりたいのではなく、
他の人よりも豊かになりたいだけなのではないのか。
それも、出来るだけたくさんの他の人よりも。
もしも、本当にみんなで豊かになりたいのなら、
土地など私有化する必要がないと思う。

一人50坪なり60坪なりを国から支給する。
都心は狭く、地方なら広くしてもいい。
とにかく土地は国から借りて、国に返す。そうすれば
土地を購入するために人生をローンで縛られることもない。
みんな一戸建てに住める。
子供は親の土地にそのまま住んでもいいし、
親の土地を返して新しい土地を借りてもいい。
大豪邸に住んでいる人もいなければ、
ウサギ小屋みたいに狭いところに住んでいる人もいない。
理想の世界ではないか。

だが誰もそんな世界を求めてはいない。
いや、正確に言うと、求めていない人のほうが多い。
アメリカンドリームという言葉に代表される、
自由で平等なチャンスを求めている人のほうが圧倒的に多い。
そこでは確かに誰にでもチャンスはある。
だが、その確率は天文学的に低い。
人並みはずれた才能と努力、
そして桁外れの運に恵まれることによってしか
アメリカンドリームは実現しない。だがそれでも人間は求める。
他の人よりも豊かになることを。
どう考えても、全員がそこそこ豊かになる方が
はるかに簡単だと思うのだが。

結論。
誰が何と言おうとも、
私たち人間は「貧富の差」を自ら求めているのである。




------------------------


ではでは。
| 真剣に気づき・考えを書く | 01:27 | comments(2) | trackbacks(0) | -
娯楽から見えた、住むこと≒生活すること
久しぶりにボウリングに行ってきた。
ベトナム人学生も一緒に行ってきた。

なんと彼らはボウリング初めてだというではありませんか!!

そういや、、
ベトナム着いて2日目にボウリング行ったときもそういう子いたなーとか
サークル の飲み会の後はたいていボウリングだったなーとか
ボウルの上に座ってる店員の女の子を見て日本だったらクビだなーとか
いろいろと考えておりました。




その後、しばしゲームに興じる。

やたらと真剣な顔でテニスゲームをやる川村が
ヲタッぽく見えたのは言うまでもない。

子どももキングオブファイターズをガチャガチャやっとります。
格ゲーはまるよな。









そして今日はベトナム人に連れられ、ライブハウス?に行ってきた。
途中飛び入りで歌う人などもおり、カラオケではないのだが、
プログラムが決まっていないライブハウスって感じだろうか。

この柔軟さというか臨機応変さというかグレーな部分が多い
システムにはある種、器の大きさ、ゆとりを感じさせてくれる。




ボウリングもゲームセンターもライブハウスもいわゆる
娯楽とかエンタテイメントっていう分野なのかなって思うのだが、
こういう仕事ではない場所で見るベトナム人の素顔は刺激になる。

ベトナム人ってどんな人なのかと問われる時、
ほとんどその意図は仕事人としてどうなのかということになる。

ただ、仕事場で見せる姿が僕たちの素顔だろうか。
そこが僕たちの性格、人間像を全て映し出しているだろうか。

仕事しているだけでも飲みにケーションするだけでも見えてこない
何に没頭し、何に怒り、何に心安らがせるのかという感情を
娯楽や遊びという日常から垣間見ることもベトナムを
理解するために大切な行為だと思う。

多くの日本人にとってベトナムに居る目的は
仕事であるから、それは生活すること、暮らすこと
と同義ではないように思う。

根本的なコミュニケーション、価値観、文化のずれというのは
日常を共有していないことにあるのではないだろうか。

そのずれを少しでも矯正するために、同じ飯を食ったり、
同じ移動手段を使ったり、同じ言葉を使ったり様々なものを重ね合わせていく。

しかしそれらの多くは仕事という大きな枠組みの中で
ずれを合わせているだけであり、仕事ではない遊びや娯楽という
枠組みの中で同じ何かを共有するということは少なかったように思う。

うん、要はベトナムに住むことで得られる理解と
ベトナム人と同じ生活をすることで得られる理解は
違うってことなんだろうな。当たり前だけど。

生き活きしないとねー。

ということでこれからは
もっと遊びにでかけんといかんですわ。

















| 真剣に気づき・考えを書く | 01:57 | comments(0) | trackbacks(0) | -
時間じゃない、経験じゃない
最近ダナンではまっている食べ物があります。




ご存知の方もたくさんいると思いますが、
PappaRoti
というマレーシア発のパン屋さんです。

このおじさんの顔もとても気に入っており、
あまり食べ物に執着のない私ですが
週3ぐらいの勢いで現在食しております。



さっくりとした外側に濃厚なバターが入ったふんわりな内側。
ベトナムでは約50円ちょっとです。

噂によると日本では280円するそうですね。

このお店を紹介してくれたのは
ちょっと前までダナンに滞在していた
面白法人カヤックの皆様。

一緒に食事を行った帰りに
「あのパンが食べたい!!!」
ということで連れて行ってもらったのがこの店。

約1年半ダナンに住んでいる僕。
滞在期間2週間のカヤック社。

めちゃうまいパンを食いながら、その街に住んでいるなんてことは
結構たいしたことなくて、知らないことなんてまだまだたくさんある。
ということを実感した。


ダナンに新しくやって来る人たちは
「どこが食事おすすめですか?」
「どこのホテルがいいですか?」
「お土産何がいいですか?」
などなど質問を連発してくるので、たいてい僕が案内することになる。

そういうことを何度もやっていると
ちょっとだけ自分がダナンに詳しくなった気になってくる。

でもそんなことは思い上がりであって、
滞在時間が長いとか短いとか経験豊富だとかそうじゃないとか
関係なく、お互いに与えられるものがあるんだなって
パンを食いながら思った。

特に滞在日数が短いのに長期滞在者に
与えられるものがあるっていいなぁと思った。

外国って情報を持っている人と持っていない人の
格差がとても激しい領域だと思う。

言葉がわからないところだとそれはより強まる。

だから最初来た人はわからないことだらけだし
いろんなことを与えてもらわないと不便極まりない。

与え続ける人と与えられ続ける人。
ツアー旅行のガイドさんと旅行客の関係はこれに似ているように思う。

それが意外に短期滞在者の方が新鮮な目でものごとを見れていたり
普段気にもせず、通り過ぎていた場所が
素敵な場所だということを教えてくれたり、
与えられるものはたくさんあるんじゃないかと気づかされた。

今度自分もどこか違う国や知らない場所へ行ったときは
与えること、自分が気づいたこと、自分が見たもの感じたものを
正直に伝えてみようと思う。

長いことがえらいのではない。
経験豊富なことが全てではない。

わずかな時間でもできることがあって、役に立てることがある。

あなたが持ってる経験、知識、考え方は
いつでも特別であって、それに耳を傾けることを
心がけようと思ったPappaRotiでした





| 真剣に気づき・考えを書く | 00:49 | comments(4) | trackbacks(0) | -
地域にいながら海外とつながること
先週の日曜日。
EENAホテルの娘さんが4歳?になったということでダナンで誕生日パーティ。

偶然宿泊していたベトナム人なども交えながら
大勢の人たちでにぎやかに過ごしました。



最近なんとなく感じるのはダナン日本人が増えたなぁ。と思っております。

そういやこの写真に写っている人たちもほとんどが
1年前にはいなかった方々だなぁ。

と同時にそれだけいろんな人と関わりながら
ここで生活できていることに嬉しさを感じます。

時々就職相談のようなメールが恐れ多くも僕のところに
くるのですが、「海外で生活していて大変なことってなんですか?」
と質問されることがよくあります。

そんなときはもちろん

言葉。以上。と100%当たり前な回答をします。

でもほんとのところ、もう1つあって・・・
友達が少ないっす。そもそも日本人で同世代の人がほとんどいないっす。
気を遣わずバー!!って話せる相手がいないっす。
ってことが挙げられるかな。

環境上、いつも年上の人達と話しているために

唐津さん年下にも敬語使ってますよね。
関西出身のくせに関西弁ほとんどでないですよね。

と言われたこともある。

こんなことをブログで書いてしまうと
ああなんて寂しい奴なんだ・・・と思われがちですが
まあそんなことは置いときましょう。


でもこういった経験をしているからこそ、
僕は逆に日本で住んでいる外国人の人たちに
思いを馳せることができるようになり、

彼らは日本人の友達がいるのだろうか?
地域には同じ国の人たちはいるのだろうか?
母国語を話す機会はあるのかなぁ?
何か生活上のトラブルがあったとき大丈夫なのかな?

とか考えるようになりました。

外国に来て寂しさを感じたことで、
日本にいるときは全くなかった視点をもつことができた。

人の痛みをわかるためには
自分がその痛みを経験している必要があるのかもしれないなぁ。

だから痛いことや辛いことをたくさん経験している人は
人に優しくなれるのかもしれないなぁ。

そんなことも感じたりしているもんで、
日本に一時帰国して少し時間が空いたときには
日本の中にあるベトナムを少しでも知れたらと思っている。

つーことでベトナム料理屋へ。
わが地元神戸&大阪。

これは大阪のお店かな。



シントー750円。。ベトナムでもこんなぼったくられたことありません。。


この下は神戸三宮センター街のさんちかにあるタンカフェ。

xin chao ! xin moi !ばっかり言ってる店員さんがいて
意味わかって言ってんのかどうか疑わしいかったのが面白かった。

ここの店長さんはどうやらベトナム人のようだ。
そしてnuoc miaがある。。



結構取材されとるようやね。

実は神戸ってすげーベトナム人の人が多い街で有名なんです。
てことは最近知りました。

昔ボートピープルで日本が難民受け入れしたのが
神奈川県と兵庫県だったようでそのときのベトナム人が
今もこの2つの県には多く定住しているなんてことは
20数年間神戸で生活してきたけど全く知らなかった。

阪神大震災以降にはNGOもできている。

そこは大学時代毎日通り過ぎた駅だった。

僕が無知過ぎたということもあったけど、
興味関心もなく、何気なく生きていたら気づかず
通りすぎてしまうものなんだなと改めて思った。





こっから下の写真は東京。

花泥棒っていう会社があって、そこが下北沢で経営している
カフェ KARATE CHOP。

隣には服屋さんもあってそこの服は
どうやらベトナムで作ってるらしいですわ。



これまた下北沢のベトナム料理屋リトルサイゴン。
電話番号載ってるけどまあ宣伝になっていいか。笑



ここは日本に留学に来ているベトナム人学生を
アルバイトで雇っていて、その子の特技を活かして
レストランでこんなイベントをやっている。

自分自身がそうだったけど、ベトナム料理屋さんとかカフェに来る人って
何かしらベトナムとつながりがあったり、ベトナムの国のことを
思い出したかったり、ベトナムに関わっている人に出会いたいって気持ちを
持っていたり、味ももちろんだけどそれ以上のものを求めて来る人が
多いってこの店の人が言ってた。

だから日本語がまだまだ未熟でも
ベトナム人のアルバイトを雇う意味はそこにあるって言ってた。

ベトナムのこと知りたいと思うとき、
または海外のことを知りたいと思うとき、
その国に出かけることが1番理解できる。

でもそれをしなくても日本の中にも外国ってたくさんあると思う。
見えていないだけで僕たちの生活や地域にいつもどおりあると思う。

ネットや本から調べる外国もいいけど
こういったカフェや料理屋さんにいる人たちから
その国のことを知ったりするのもいいのではないでしょうか。

決して正確な情報ではないかもしれないけれど
その国を知るためには心を通わすことが結構大切なのかなって思う。

他にもボランティア団体だったり、国際会館だったり
つながりは意外といろいろあるはず。

地域にいながら海外とつながれる。

think globaly act localy

とはこのようなことなのかもしれない。

| 真剣に気づき・考えを書く | 01:28 | comments(5) | trackbacks(0) | -
自然。かつ多様性
日曜日は今ダナンで日本人向け旅行ガイド育成コースを受講している
みんなと一緒にダナン、ホイアンの観光スポットを見学。

チャム美術館、フラマリゾート、シルバーショア、ダナンゴルフクラブ、
ホイアン旧市街、五行山と朝から夕方まで歩き周り、クタクタになって
帰ろうとしたところ、海へ行きましょうとのお誘いがあり、海パン持ってないのに、
海で泳ぎ、ベタベタでシャワーも浴びれぬまま飲み屋に拉致されてきました。。

最後に飲み屋で記念撮影。
 


今囘何が面白かったっていうと彼らはそこまで深い仲ではなかったってことが
最後の飲み屋でようやくわかったってこと。

海にみんなで行って、そのまま飲みに行くぐらいだから
みんな仲いいんだろうなーと思っていたのに、飲み屋に到着してから
「じゃあ自己紹介しようか。」と言い出したときは衝撃でした。なにを今更・・・

そして彼らが年齢も職業も学歴も全然違うのにこうやって
自然に集まっていることにも驚きでした。

1番上は28歳から下は20歳。
会社員もいれば学生もいる。
分野もIT、接客サービス、工科系、外国語、経済などなど。
そこに最後は日本人の俺。

あぁ。。多様だなぁ。。
と勝手にもの思いにふけっていました。

日本では学歴も職業も年齢もファッションも違う人たちが
一同に集まる機会ってあるだろうか。

それはもちろんある。
でもそれは誰かが意図的にそういった場を作り出し、
そこに呼び込むといった形での場だと思う。

つくられた場だ。

彼らのように何かを意図したわけでもなく、
その場の思いつきで声をかけ、それに対して
緩やかに気兼ねなく人が集まる。

とても自然につくられた場だと思う。

ベトナムは会話が多い国だなぁ。
と友人が言っていたことを思い出す。

僕はそれを人と人とがコミュニケーションするときの
垣根が低いなぁという意味で解釈している。

カフェでもバイク運転中でもお店での接客でも
会話が簡単に始まる。

それは店員と客という境界線、他人という意識、
年齢、所属が違うということへの恐れなど
いい意味でも悪い意味でも気を遣っていないからこそだと思う。

自然。かつ多様性。

うーん、眠くなってきたからこれぐらいにしておこう。。



| 真剣に気づき・考えを書く | 00:23 | comments(2) | trackbacks(0) | -
最新の情報を掴む〜Twitter絡みのニュースから〜
今日見たニュースでTwitterに関する記事があった。

Twitter利用率70.2%。しかし利用率8%どまり。


そんなに少ないんか〜と思いつつ、他のニュースを見たところ、
日本におけるツイッターのユニークユーザー数や
利用している世代層に関する紹介記事があって、ちょっと興味深い。

上記の記事では主なユーザーは大学生を始めとする
20代と出ているのだが、自分は下記の記事の方が
しっくりくる。

「Twitterを使っているのは誰なのか

以下抜粋させて頂くと、ユーザーの年齢層が
結構高めだということに自分は驚いたし、実際使っていて
出会う人達は自分よりも断然年齢上の方が多い。

----------------------
若者より中高年層の割合が高く、35〜49歳のユーザー数は
全体の45%、50歳以上は17%を占めた。ここからユーザーの
6割超が35歳以上であることが分かる。

年齢層が比較的高い点については海外で行われた
ユーザー調査でも指摘されており

Twitterの特徴となっているようだ。その理由として
「若者は既に類似のコミュニケーションツールやSNSを活用しているため」
「若者は社会人ほど交友範囲を広げる必要がないため」
といった推察がなされている。

----------------------

周りの友人を見てもツイッターを使っている人は少なく、
mixiでええやんって感じはある。

個人的には、知り合った人とのつながりを太く維持するために
mixi並びにSNSを使う傾向があり、twitterは自分が関心ある情報の収集と
新しい人との出会いのために使う道具なのかなと思っている。

だから、「若者は社会人ほど交友範囲を広げる必要がないため」
という推察には共感できる。


【最新の情報が掴めることも日本のメリット】

レンタルオフィスというサービスがあるが、
それをベトナムの人に紹介したら「なにそれ?よくイメージできない。」
みたいなことを言っていた。

他にも社会起業のようなビジネスモデルの話を紹介してくれる
本もまだまだべトナムにはない。

こういったことから、
・いろんなビジネスモデルや事例を知ること
・最新の知識、情報を仕入れられること
というのは誰にでもできることじゃないんだなってふと思った。

中国のようにfacebookへの検閲がかかったり
することがない日本はそれだけでいいなぁと思う。

自分が知りたいと思うことを自由に調べられて、人と繋がれる。

それを最大限有効活用せないかんなぁと思い、
流行りものに乗っかったりするのは嫌いな自分も
好き嫌いとかではなく、自分が持っている機会と可能性を
最大限活かそうという気持ちで今利用している。

やってみるとなかなか面白く、
Twitterによって出会えた人達もたくさんいる。

海外で生きる上でネットは必須であり、これがなければ
日本にいる人達とは全く連絡がとれなくなるため
本当にネットをありがたさ、偉大さをべトナムに
来てから強く感じている今日この頃。





| 真剣に気づき・考えを書く | 00:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -
日本ってなんだ?
今日は夜にベトナム人の学生たちその他いろいろに誘われ、
ダナン外国語大学の学生が外国語の歌を
歌うコンサートがあるということで行ってきました。

おそらく人は推定2000人。
結構多し。

ロシア、中国、韓国、英語、タイなど聞いてて
どの言葉か全くわからんが、とにかくいろいろです。

で、その中で日本の歌も登場したのですが、
歌った曲は「Amazing kiss」。

だれの歌?知らん。。。
ということで家に帰りyoutubeで検索。

ありました「Amazing kiss」


・・・BoAやん!!!

なぜこんな日本人でも知らんような曲を歌う??
結構前の曲やぞ!

しかも英語入りまくりやん!
てかそもそもBoA日本人じゃないやん!!

といろいろ突っ込みを入れたくなったコンサートですが、
日本ってなんでしょうね?と考えさせられたBoaでした。

少なくとも、今日来ていた2000人の人たちには、
今日の音楽が日本だということを多少なりとも印象づけたと思う。

だからといって、もし自分が日本の文化や日本の歌はこれだ!!って
伝えるなら、着物を着て演歌だ!!と言えるかと言ったら
ちょっと躊躇する。

BoAのような曲が流行っているのも事実だし、だからと言って
外国に来て、演歌を自分が紹介できるかといったら
演歌なんて歌ったこともないし、好きでもない。

古き良き伝統ある日本の文化と流行の先端をいくポップな日本。

どちらも日本だけど、日本という国を説明するときに、
その多様さを改めて感じる。

京都、奈良、広島、富士山、舞妓、演歌・・・
秋葉原、渋谷、アニメ、マンガ・・・

日本ってどんな国ですか?を事細かに説明してみようとすると
よくわからなくなりそう。かなり奥深いような気がする。

この先、外国人から見て、「日本らしい」とは、
京都のようなことをいうのか、秋葉原のようなことをいうのか、
どっちになるのだろうか・・・

他国を知ることで日本を知るということ。
日本とはどんな国なのかということ。

これはベトナムに来てから非常に興味深くなったテーマです。

とりあえず今日のところはせめてJポップでも
日本語だけの歌がもっと流行ってほしいなと思いました。


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