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3年経ちました。
ベトナム戻ってきましたー!

日本でお会いできた皆様ありがとうございました。
お会いできなかった皆様申し訳ございませんでした。

さて、気がつけばベトナムに来てから3年が経ちました。

2009年6月、当時23歳だった時から3年。。

記念日となる2012年6月9日は偶然にも
「20代、アジアで働く」というタイトルでのセミナーを実施し、
かの有名なもりぞおさんとご一緒させて頂きました。

自分も少し体験談を話したのですが、、
一体何を成し遂げたのかと聞かれればまだ何もしていなくて、
何ができるようになったのかと聞かれれば言葉に詰まり、
なんで自分は今ここで話しているのかなぁと改めて不思議に思う機会でした。

じゃあこの3年間ベトナムで過ごしたという時間は一体何だったのでしょうか。





ふとベトナムに旅立つ前を思い出す。

ベトナムに一度も行ったこともないのに、
「ベトナムに行きます。」という名刺を勝手に作り、東京ビッグサイトに
出展している会社へ営業(営業品目は何もない)し、ハッタリをかます日々。

ベトナム到着初日、規模があまりにも小さ過ぎてみんな不安になる
ダナン国際空港へ着いた瞬間、
「ベトナム。。来てやったぜ・・・!!」と
到着しただけで満足するドヤ顔の馬鹿者1名。

今の住まいに初めて到着したときも、
「東京で借りてた部屋よりでかい。。人生あがった。。」と思いながら、
マンゴーを食いまくってました。

ただ僕は働きにきたわけで、そんないいことばかりではなく、
勤務初日はパソコン持たずに出社して速攻怒られる(完全に自分が愚か)。

おつかい行くにも道もわからず、時間がかかるし、
言葉わからずぼったくられてやたらと高い値段で買ってきておつかいすらできない。

クリアファイルに資料を入れるスピードも遅い(完全に自分が愚か)。


このように当時の僕は本当に何もできることがなくて、
今冷静に考えると日本で社会的弱者を満喫していた自分が
なぜか自発的にベトナムへ行き、もっと社会的弱者になってるという
なんとも摩訶不思議な時期でした。。

という無力な23歳INべとなむ。

果たして僕はここで何ができるんだろうか・・・
と途方に暮れ、それでも自分がここにいる存在意義を何か見出さなくては・・・
と焦り空回り暗中模索な毎日だったような気がします。





改めて今の自分。あの頃の自分に比べれば、
できることって増えてるな。と思います。

でもそれを強く実感できないのは自分を取り巻く環境が変化して
そこに集った全ての人たちに助けられている。
という実感が強いからだと思います。

だから僕の能力が上がった=できることが増えた
という表現は正しいのかどうかはわかりません。

能力を上げるという点においては20代なら日本の方がいい気もするしね。


20代、アジアで働く。厳密に言うとベトナムで働く。

そのメリットデメリットはもちろんどちらもあるでしょう。
また個人個人によって享受できるものも変わるでしょう。

全く参考にならないけど、僕という何も持たなかった若造が
会社員というポジションだけ与えられてベトナムに来る。

そこで見えた世界は可能性に満ちていて、
これからの人生を豊かにしてくれる出会いがたくさんあり、
その一方孤独も不安も無力感もたくさん感じました。

きっと今この時間というのはあと3年、5年、10年
経って振り返ったときにはじめてあの時間は
何だったのかわかるのだと思います。

だから、その時まで引き続きお付き合い頂けると嬉しいな。
というのが本当に素直な心境です。

3年いるってのは
すごいことでも、祝われることでも、何でもないと思うのです。

それよりも何気なく言われる「これからもよろしく。」

一度きりの関係よりも再び出会える関係性。

そんな言葉や関係性が一番嬉しい。

そう思ったりしています。





| どうでもいいけど、書きたいんです・・ | 23:58 | comments(1) | trackbacks(0) | -
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コメント
そうかー、もう3年経ったんかー。おつかれさま!

唐津は文中に「もし20代で日本にいたら」という記述をしたけど、歴史に「たら・れば」はないよ。
唐津が創り上げたものは、たとえ一人の力ではなくても皆の協力があったとしても、そこにまず君がいなければなし得なかったのは事実やで。
君のことやから、一人で辛い時も泣き言いわずに絶えてきたんやろうなー、一所懸命明日に向かって生きてたんやろうなー、今できることを必死でやってきたんやろうなー。
それを思うとき、僕は泣きそうになる。この3年何度もそう思いながら唐津を思ってた。

5/29の甲南大学の授業と夕方のキャリぷらでの対談で、君は日本に帰るかどうかについて意見を求めたね。
僕もcobonの松浦君も「そこでキャリアを積んだほうがいい」と意見を言ったよね。でもそれは客観的に突き放して見た意見であって、君の友達としては逆である。

そしてあの日、僕は息子のテネシー州メンフィス転勤の前祝いだったのでその気持ちを伝えることができなかった。だからそれを伝えてこのコメントを終える。

唐津よ、いつでも帰ってこい。君が帰ってくるんやったら、僕は一所懸命君の次のステップ先を探す。一所懸命売り込む。だからいつでも帰ってこいよ。

ほな、またな。
| 本田ポンタ勝裕 | 2012/06/16 8:33 PM |
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