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「人生に疲れた人へ・・・」から原点へ
ベトナムに来て、5か月が過ぎ、なんやかんやで
慌ただしい毎日を送る中、2時間ほど現実逃避をするために
youtubeに没頭。

スティーブジョブス
から始まり、
奮い立たせてくれる言葉とかに入り込み、
いつの間にか人生に疲れた人へ・・・まで
入り込んで今までの人生を振り返っていました。。

あぶねぇあぶねぇ・・・なんか深みにはまりそうになりました・・・

「死にたいというあなたへ・・・」はクリックせずに正気に戻りました。

次のおすすめ動画を何気なくクリックしてただけやのに。。
なんか変な導線が仕掛けられてるなyoutube。

という流れの中で気付いたことは
やっぱり自分のやりたいことは人それぞれの「生き方」を
聞いて、共有して、受け入れて、理解して、
十人十色の人生でオールOKということを自分がまず学び、
それをより多くの人と共有することだと思った。

そしてそれを通じて、世に心の大富豪を増やすことだろう。笑

ぱっとひらめいた言葉なので、説明すると
心の大富豪とは・・・


自分を信じ、自分を愛し、
人を喜ばせるし、楽しませる。

お金は貸せないかもしれないが、
力を貸してくれるし、勇気をくれる。
知恵も与えられたらもっと素晴らしい。

そして、どんな環境でも人生を楽しめる。
めげない。へこたれない。
辛さや逆境を楽しさや笑いに変える。

成功と失敗、強いか弱いか
勝つか負けるか、進むか止まるか、
有能・無能などの相反する2軸において、
「良い悪い」の評価をせず、
全てに価値を見出す大きな心をもつ。


お金は誰にでも備わるものではないが、
心は誰にでも備わっていて、
自分の気持ち1つで変えられるものだと思うのです。

そのために
他者理解・自信・自己肯定・自己効力感・自己愛
などが必要ではないかと思うからどんな生き方・在り方でも
オールOKの心をまず持つことが必要だと思うのです。

そんな心の大富豪が増えることで・・・
他人の人生を生きることなく、固定観念や世間の声に縛られず
自分の心の声を信じて行動し、生きられる人が増えると考えます。

そしてさらに・・・そんな人が増えることで
より自由な発想と活動が世界中に広がり、
笑いとワクワクが増え、相互支援が行われ、
無理せず自分らしく社会に貢献できる人が増えると考えます。


とまぁ広がりましたが、
まずは毎日を面白おかしくたくましく生きることから始めよう。ってことであり、
それに慣れてきたら、自分の周りにもそんな人増やして行って、
それが世の中の役に立ってたらさらにええよなって話です。

なぜ新卒でインターンシップ紹介の仕事に就いたのか、
なぜベトナムまで来たのか、たまたまですがなぜHRの仕事をしているのか、
全ては多種多様な人の生き方と在り方への興味関心だったと思います。

そして自分自身がこんな生き方もできるんだよという一例になることで
「俺もやってみっか。。」と周りを勇気づける存在になりたいということが
原点だったと思います。

原点を思い返したところで、12時過ぎました。

有意義ではあったが、やるべき仕事進まず・・・
まっそんな日もOKか。

これが心の大富豪の生き方への一歩かな。



| 真剣に気づき・考えを書く | 01:45 | comments(4) | trackbacks(0) | -
ホウレンソウが甘い理由
今、前職の先輩がまたもやベトナムに来ています。
現在ホーチミンにいるですが、何をやっているか連絡がない・・・

不安・・・

というのもいろんな人を紹介しているのです。

その人とどうなったんだろう?
ええ話になったのだろうか?

などのようなことが気になるのです。


このとき、ふと報告・連絡・相談と同じ、
上司と部下のコミュニケーションと同じやなぁと気づかされました。

ダナンという狭い人間社会、さらにベトナムの特徴かもしれない
噂話による情報伝達力の強さから、もっと言うと居候させてもらっている
生活保護者から上記のようなことはよく学ばされます。

自分が日本で仕事していた時と比べて進歩したことの1つに
この報告・連絡・相談に多少気をつかうようになったということが
1つ挙げられます。


ただ、まだまだ甘いんですわ。
ホウ・レン・ソウが。

というより、ホウ・レン・ソウをしなくちゃ!と思う基準が低いと思うのです。
できないんじゃなくて、別にやらんでもええやろ〜なのです。

そうなってしまう原因は多々あると思うのですが、


.曠ΑΕ譽鵝Ε愁Δ僚斗彑がわからない→どんな効果・メリットがあるかわからない
⊃佑自分のことを気になっているということを意識していない
自分基準でまあ言わなくてもOKだろうと思えば、言わない。
ど佞合う人が自分の気の合う人達だけで限定されている。
ゼ分と違う・合わないは排除してしまう。受け入れない。


といろいろありますが、とにかく、一言でいうと
「もし相手側だったらどう思うだろう?」のイメージが弱いと思うのです。

そのイメージができない、やらない、弱いから自分基準から抜け出せない。
抜け出せないから別にええやろ〜からも抜け出せないというサイクルです。

ここから抜け出すためには自分と違う基準を持っている人に
出会う必要があります。

自分と違う基準を持った人間と接することで、
自分の頭の中に自分とは違う人間の基準を増やすことが大切だと思うのです。

それが積み重なっていくと「もし相手側だったらどう思うだろう?」の思考が
習慣化し、深く、鮮明にイメージできるようになっていくと思うのです。


自分がここの基準に触れた気づきとしては、
人から誰か知人の紹介を受けたとき、事後報告をしないと怒るのです。

なんて恩義のない奴だと思われるのです。

まぁ今になって思うと、おそらくどこでもそうだと思うのですが、
1つの例として・・・

ただ、自分の気の合う人、好きな人、落ち着く環境に留まっていては
このようなことがわからない可能性は大いにあると思います。

少なくとも自分は自分の基準の中では、
そんなん別に報告せんでもええやろ〜の基準だったのです。


という前職の先輩からの連絡がなく、
自分が報告を待つ立場になって、初めてホウ・レン・ソウの
重要さ、大切さを感じている今日この頃です。


自分の当たり前が当たり前じゃない社会の中で生きることは
非常に視野が広がり、気づきが多くなれると思います。

もちろんそれが窮屈なこともありますが、
それこそが社会の中で生き、変化に応じる力をつけ、
生きる力を身につけていくということにも繋がるような気がしてます。

自分の意志1つで自分を変えようとするよりも、
生きる環境を変えることによって、自分を変えようとすることの方が
より効果的だなぁと感じています。

人が人を育てるのではなく、環境が人を育ててくれるとはよく言ったものですな。


食べ物ネタを期待して読んだ人失礼しました。




| 真剣に気づき・考えを書く | 21:00 | comments(0) | trackbacks(0) | -
リ・スタート〜3か月ぶりのベトナム日記〜
 ども。

かなりブログの更新さぼってました。

更新をサボりだしてから、はや3ヶ月。

こっち来て2週間ぐらいでやめたからなぁ。。。

しかし、振り返ってみるとまだ3ヶ月ですか!!

本当に精神と時の部屋に入ってるような気分です。
時間の流れがえらく遅い。

まだまだ生活に慣れていないからこそ、
そう思うのだろうし、単純に起きている時間も長いし、
経験すること1つ1つが新鮮だからというのもあると思う。

ベトナムの朝は非常に早いため普通に
みんな5時、6時ぐらいから活動を始めています。

学校の授業はもう7時ぐらいには始まってますからね・・・

さらに買い物ができたり、タクシーが電話で上手く呼べただけで
イエ〜イとか言ってるレベルなので、
小さな小さな小さな進歩がたくさんあるのです。

そんな単純に生きること、生活の幅が広がること自体に
少し面白みを感じられることが
少し幸せなような気もするし、しかし一方でスケールが
小さい人間だなと思うときもあるのです。

それよりも何よりも自分はこの国ではまだまだ何もできない存在で
本当に周りの人に、もっと大きくいうと
ベトナムに生かされているなと感じるのです。

そんな「生かされている存在」だと思えるようになっただけでも
外国で生活することの価値はあるのではないかと思います。

あとは仕事として、自分の可能性へのチャレンジとして、
ここに来ている以上、結果を出すことですね。

ということで、また明日からはこの空白の3ヶ月を振り返りつつ、
今現状を報告しつつ、ブログをリスタートします。






| 真剣に気づき・考えを書く | 23:13 | comments(4) | trackbacks(0) | -
ベトナム着いてます!
 ども。

無事2日前にベトナム着きました。

なんせ暑い。。。

1日目ハノイの空港で寝泊り。

ただ、基本24時で締め出しのため、テキトーに人気のなさそうな
ラウンジで隠れて寝てたら警備員みたいな人に見つかり、
「パスポート番号を教えろ」と言われ、ようわからんノートに
自分の名前と番号を記入されて強制帰国させられるんじゃないかと思い、
かなり焦りました。

結局何事もなかったのですが、一体何のチェックだったのだろう・・・

さてさて居候させてもらってる鈴木氏(そのうちご紹介します)と
一緒に住んで2日経ったのですが、今日の学びを書いて寝ることにします。

書きたいことはいろいろありますが、また今後に。


夢や目標は必要なのか?というテーマを話していたのですが、
極論必要ではないという話になりました。

そこが大切なのではなく、
何のため、誰のためにやってるのか?やろうとしているのか?

という「目的」が大切であるという話になりました。

仕事をするにあたって「誰かの役に立つ仕事がしたいんです」という
気持ちは当たり前であって、そもそも「仕事」とは
人の役に立つことをしているから「仕事」なのだと。

んで人の役に立っていないことは「活動」だという。

で、その仕事は誰の、何の役にたち、どんな価値を提供したいのか?
という目的意識を強く持つことの方が重要である。

その夢や目標はあるけれど、それを通じて何をしたいのか?
という目的意識がすっぽりと抜け落ちていないだろうか?

それが抜け落ちてるなら、それは今回話した内容の中では
本当の意味での「夢」や「やりたいこと」じゃないかもしれない。

「やりたいことがよくわからなくなってきた・・・」
という場合には、そもそもそれは何のためにやっていたのか?
という目的意識の確認をする必要があるかもしれないですね。

もっと詳細書きたいですが、延々と止まらなくなるため
今日はここらへんで。

近々写真アップします〜。


| 真剣に気づき・考えを書く | 04:31 | comments(4) | trackbacks(0) | -
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